12世本因坊丈和囲碁まつりin沼津
囲碁公開対局
本因坊丈和
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囲碁サロン丈和碁楽館
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本因坊丈和

沼津の誇りを称え!

お知らせ 丈和出生地杯 本因坊丈和

沼津の誇りを称え! 12月10日、静岡県沼津市西浦木負において「十二世本因坊丈和出生の地」の記念碑が完成し、糊烈除幕式が執り行われた大沼明穂沼津市長ら12人の手によって幕が引かれ、富士山を正面に望む4点の碑がお披露目された。中央には本因坊の流れをむ二十五世本因坊治勲の揮毫による「丈和出生の地」の碑が立ち、その両サイドに丈和の功績、「吐血の局」の棋譜が並べ最た石の碁盤とてれを解説した碑が置かれた。 碑を建立するにあたって中心的な役割を果たした日本棋院沼津支部の菅沼毅支部長によると丈和の囲碁殿堂入りがきつかけであり、また「諸説あった丈和の出生地が、大澤永弘氏による著書 『本因坊丈和出自考』によって木負村が真の出生地である事が明らかにされたが、残されている物が無いので、後世に伝えるために生家のそばに碑を建立する事を決意し、平成22年から取り組み始めた。そのために寄附していただいた182名に惑謝したい」と述べた。 謝したい除幕式の後は淡島ホテル(沼津市)に会場を移し祝賀会が催された。ホテルは駿河湾に浮かぶ無人島「淡島」にあり沼津が舞台のアニメ「ラブライブ!サンシャイン11:」のキャラクターでラッピングされた渡し船で結ばれている。会場では本因坊治勲が徹夜で碑の文字を書き上げた話が披露された。また丈和を知る沼津市民はまだ少ないので、これをきっかけに、碑が新たな囲碁史跡として文化財となり、囲碁のまち沼津をアピールしていこうということで盛り上った。 本因坊丈和天明7(1787)年S弘化4 1847)年第十二世本因坊。江戸時代囲碁界の最高地位である名人碁所に就位。松平周防守邸での碁会における赤星因徹との対局が有名(吐血の局、丈和の三妙手)著書に 『国技観光』があ (齊藤) 週間碁 1日ー8日1月   เครือข่ายโลกหมากล้อม จงชื่นชมความภาคภูมิใจแห่งนูมาซึ พิธีเปิดอนุสาวรีย์ “สถานที่เกิดของฮงอิมโบ โจวะ” ผู้มีส่วนเกี่ยวข้องต่างเร่งรีบมากันอย่างพร้อมหน้า เพื่อฉลองที่อนุสาวรีย์สร้างเสร็จสมบูรณ์ และถ่ายภาพเป็นที่ระลึก อนุสาวรีย์ “สถานที่เกิดของฮงอิมโบ โจวะ ฮงอิมโบรุ่นที่ 12” เมื่อวันที่ 10 ธันวาคม ณ นิชิอุระคิโช…

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囲碁・本因坊丈和の功績たたえ石碑 沼津の出生地で除幕式

お知らせ 丈和出生地杯 本因坊丈和

日本棋院沼津支部(菅沼毅支部長)は10日、沼津市西浦木負出身の名棋士12世本因坊丈和(じょうわ、1787~1847年)の功績をたたえる「出生の地の碑」の除幕式を丈和の生家近くで開いた。 建立したのは、25世本因坊の趙治勲氏が書いた「丈和出生の地」の文字を彫った石碑と、「名人碁所」の地位を懸けて行われた歴史的に有名な一局「吐血の局」の様子を記した石碑など4点。 除幕式には大沼明穂市長や日本棋院の関係者ら約30人が出席した。司会の合図で関係者が白い幕を引き、石碑をお披露目した。菅沼支部長は「碑が囲碁の普及と伝承、沼津市の観光振興の一助になればうれしい」とあいさつした。 丈和は、41歳で江戸時代の四大碁家の一つである本因坊の12世を襲名。4年後に碁家を統括する「碁所」のトップ、名人碁所に就いた。出生地は諸説あったが、のちの研究で沼津市と分かった。 棋院沼津支部は4月から9月まで募金を行い、地元住民をはじめ、全国から約270万円が寄せられた。伊豆市の石材会社「山口石材」に制作を依頼し、11月30日に完成した。

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囲碁・本因坊丈和の石碑建立へ 生誕230年、募金集め沼津に

お知らせ 本因坊丈和

12世本因坊丈和の魅力を語る菅沼毅支部長=8日、沼津市内  沼津市西浦木負出身で江戸後期に活躍し、日本一の碁打ちとして知られている12世本因坊丈和(じょうわ、1787~1847年)の生誕230年を記念し、日本棋院沼津支部(菅沼毅支部長)が、生家付近に出生の地の石碑建立を目指している。全国から募金を集め年内に完成させる予定。菅沼支部長は「丈和の功績をたたえ、囲碁文化の伝承と普及を図りたい」と言葉に力を込める。 丈和の本名は葛野松之助。17歳で初段となり、41歳で江戸時代の四大碁家の一つである本因坊の12世を襲名した。さらに4年後には、江戸幕府の職制の一つで、碁家を統括する「碁所」のトップ、名人碁所に就いた。弟子の育成に力を入れ、伊豆市小下田出身で「近代碁の祖」とされる14世本因坊秀和(しゅうわ)ら名棋士を育てた。 丈和の出生地については、本人が詳細を語らなかったため、江戸や信州など諸説あったが、のちの研究で沼津市と判明した。日本棋院は2011年、丈和の出生地を同市西浦木負と承認し、囲碁殿堂資料館の展示でも紹介している。  菅沼支部長が記念碑の建立を思い立ったのは7年ほど前。丈和の子孫で葛野家14代目の正昭さん(70)=同市西浦木負=に相談し、生誕230年に合わせて4月から募金を始めた。 計画している石碑は高さ約2メートル、横約50センチ。葛野家が所有する海岸沿いの土地の一角に設置する予定。「偉大な先祖がいるのは誇らしい」と正昭さん。菅沼支部長は「丈和の存在を広く知ってもらうと同時に、沼津の文化振興にもつなげたい」と話した。 ■9月30日まで受け付け 日本棋院沼津支部は9月30日まで、12世本因坊丈和の生誕230年に合わせた記念石碑建立の募金を行っている。1口3千円。目標金額は200万円。郵便振替か現金書留、持参のいずれかの方法で受け付ける。問い合わせは同支部<電055(941)8615>へ。 <メモ>本因坊 江戸時代の井上、安井、林と並ぶ囲碁の家元の一つ。1938年に21世本因坊秀哉が日本棋院に名跡を譲り、家元制度を終えた。日本棋院が41年に本因坊戦を始めて以降、タイトル獲得者が本因坊の名跡を継承している。現在は、2016年に全七冠を達成した井山裕太6冠が26世本因坊文裕(もんゆう)を名乗っている。 静岡新聞 平成29年8月16日 http://www.at-s.com/sp/news/article/topics/shizuoka/391902.html#

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第63回全日本アマチュア本因坊決定戦全国大会

お知らせ 本因坊丈和

第63回全日本アマチュア本因坊決定戦全国大会 は19日、東京・市ケ谷の日本棋院東京本院で64選手が出場して開幕。1~3回戦を終えてベスト8が決まった。 佐藤洸矢さんは2勝1敗、そして準々決勝には入れません。 The 63th Honinbo Amateur competition starts with 64 players participating in the Nihonkiin Tokyo – Ichigaya. The best 8 was decided after the first to third rounds. Sato Koya…

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ひと・しずおか People Shizuoka

お知らせ 本因坊丈和

自分を信じて打つ Believing in Oneself and “Go” Forward 佐藤洸矢さん (24) Mr. Sato Koya (Aged 24) アマチュア囲碁日本一を目指す He aims to become number one Go amateur of Japan. アマチュア囲碁日本一を決める「第63回全日本アマチュア本因坊決定戦全国大会」(8月19、20日・日本棋院会館)に出場する沼津市の囲碁インストラクター。2年連続4回目の出場となる。20歳で出場した2013年の第59回大会では準優勝の実績があり、「目標は優勝」だ。 13年の大会を「勢いで勝ち進んだ。決勝まで行けて自分でもびっくり。もしかしたら決勝も勝てるかもと思ったが、対戦相手に全く歯が立たず完敗でした」と振り返る。しかし「何人もの強豪を破ることができた。そして自分の実力は当時より上がっていると思うし」と、この大会の経験を自信に変えて今大会に挑む。 一方、32人で争った6月の県大会は連覇したものの反省しきりだ。「決勝で慎重に打たなければならない序盤で読みをおろそかにし、一手で形勢を悪くしてしまった」 小学4年の時、アニメ「ヒカルの碁」を見たのが囲碁を始めたきっかけ。兄姉と一緒に毎週土曜「三島囲碁教室」に通った。兄と姉がやめても囲碁を続け、沼津二中時代には「少年少女囲碁大会中学生の部」で全国6位になった。 プロ棋士志望。プロ棋士になる一般的な年齢制限は既に超えているが、関西棋院の研修棋士なら26歳になるまで挑戦できる。アマ本因坊を獲得すれば、年齢制限が「30歳になるまで」に延びるという。そのためにも「目標は優勝」だ。…

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